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クリエイターの死因第1位は「環境による挫折」である
「これからデザイン(イラスト)を本格的に始めようと思います! まずはフルスペックのMacBook Proと、一番大きいワコムの液タブを買えばいいですか?」
SNSやブログのお問い合わせで、初心者の方からこんな質問を本当によくいただきます。 その情熱と予算があることは素晴らしい。でも、私はいつもこう返します。
「ちょっと待って。その予算、一旦半分に割ろうか」
初心者が環境構築でやりがちな最大のミス。それは、「プロが使っているのと同じメインウェポン(PCやペンタブ)」に全振りしてしまい、防具や回復アイテムを一切買わずに初期村を出発してしまうことです。
世間には「弘法は筆を選ばない(達人は道具にこだわらない)」ということわざがあります。 でも、あれは大嘘です。 そもそも歴史を紐解けば、弘法大師は用途に合わせて筆を何本も使い分ける、超のつく「筆オタク」でした。
デジタルクリエイティブの世界において、機材選びは「才能」をブーストする魔法ではありません。 「無駄な疲労とストレスを取り除き、作業時間を最大化するための物理的な投資」です。
今回は、私がウン十万円という機材投資の失敗を経てたどり着いた、「初心者が最初に課金すべき3つの神器」と「今すぐ捨てるべき見栄」について、超・現実的な話をします。

「スタバでドヤれる最高スペックのMac」はいらない
まず、一番お金がかかるパソコン選びについて。 結論から言うと、「動画編集をバリバリやる(あるいは3Dをゴリゴリ回す)」予定がないなら、50万円もする最高スペックのPCは不要です。
イラスト制作や、Webデザイン、UI/UXデザインといった2D領域の作業であれば、現在のミドルクラスのPC(メモリ16GB〜32GB、そこそこのCPU/Mチップ)があれば十二分に動きます。
「でも、いつかすごい作品を作るかもしれないから……」 気持ちはわかります。でも、その「いつか」が来る頃には、どうせ数世代先の新しいチップが出てもっと安くなっています。
一番もったいないのは、「スタバでリンゴのマークを光らせたい」「プロっぽい機材に囲まれたい」という見栄に数十万円を払うこと。 その見栄のせいで予算が尽き、後述する「本当に必要なもの」が買えなくなるのが、最も最悪なシナリオです。
パソコンは「ギリギリ快適に動くスペック」に落として予算を浮かせましょう。 そして、その浮いたお金を、これから紹介する「あなたの命と時間を守る3つの機材」に全額ベットしてください。

初心者が最初に課金すべき「3つの神器」
1.あなたの信用を担保する「キャリブレーション対応モニター」
「スマホで見たら、色が全然違うんですけど……!?」
初心者が初めて自分の作品をスマホに送った時、あるいはクライアントに納品した時に直面する絶望です。 家の安いモニターで一生懸命「綺麗なピンクだ」と思って塗っていた色が、iPhoneで見たら「毒々しいマゼンタ」になっていたり、暗部のディテールが黒潰れしていたりする。
これはあなたの目が悪いのではなく、モニターが嘘をついているのです。
世の中の一般的なモニター(特に安価なノートPCの画面)は、色が正しく表示されていません。 料理人に例えるなら、「塩と砂糖の区別がつかない舌」で味付けをしているようなものです。そんな状態でプロとしてお金をもらうことはできません。
最初に買うべきは、sRGBやAdobe RGBといった色域を正確にカバーし、色が狂わない「カラーマネジメントモニター(キャリブレーション対応モニター)」です。 (BenQやEIZOなどのクリエイター向けモデルが有名ですね)
正しい色で出力できない環境は、それだけでクリエイターとしての「信用」を失います。液タブをデカくする前に、まずは「正しい色が見える目(モニター)」を買ってください。

2.クリエイターの寿命は腰で決まる「高級ワークチェア」
騙されたと思って聞いてください。 「パソコン本体よりも、椅子にお金をかけろ」
これ、冗談で言っているわけではありません。 私たちは、1日のうち8時間〜12時間を、その小さな座面の上で過ごします。クリエイターにとって、椅子はもはや「衣服」や「ベッド」と同じレベルの生活必需品です。
Amazonで1万円で売っている「それっぽいゲーミングチェア」や、ダイニング用の硬い木の椅子で長時間の作業を続けるとどうなるか? 数年後、確実に腰か首が爆発します。(私は20代前半で一度腰が砕け、1ヶ月まともに座れなくなりました)
腰を壊すと、そもそも机に向かえません。つまり、クリエイターとしての寿命がそこで尽きるのです。
このあたりの10万円〜20万円クラスのワークチェアは、一見高く見えますが、10年使えることを考えれば「1日あたり数十円」の投資です。中古オフィス家具屋で探せば、半額以下で極上品が買えることもあります。 あなたの腰椎の代わりは、Amazonでは売っていません。椅子だけは、絶対にケチらないでください。

3.時給を強制的にバグらせる「左手デバイス」
最後は、生産性を爆発的に引き上げるチートアイテム「左手デバイス」です。
IllustratorやPhotoshop、クリスタなどを触っていると、1日に何百回、何千回とショートカットキーを押すことになります。 「Ctrl + Z(取り消し)」「ブラシサイズの変更」「手のひらツール」……。
これをいちいちキーボードで押したり、マウスでメニューまで取りに行ったりしている時間は、人生の壮大な無駄遣いです。
TourBox、Razer Tartarus、あるいはiPadをサブデバイスにするアプリでも構いません。 「左手デバイス」にショートカットを割り当て、親指と人差し指だけで全てのツールを切り替えられるようになると、作業スピードが体感で1.5倍から2倍になります。
これはつまり、「自分の時給を強制的に上げる」のと同じです。 今まで10時間かかっていたデザインが7時間で終わるなら、空いた3時間で別の仕事を受けるか、映画を見てインプットすることができます。たった数万円の左手デバイスが、1年後には何百時間という「あなたの命の時間」を生み出してくれるのです。

【まとめ】機材は「消費」ではなく、未来への「投資」である
いかがだったでしょうか。 初心者が陥りがちなスペック至上主義を捨て、現実的な環境構築の優先順位をお伝えしました。
- 見栄を張ったオーバースペックのPCは不要
- 正しい色を映す「モニター」
- 身体の破壊を防ぐ「高級チェア」
- 時間を錬金する「左手デバイス」
私たちが機材にお金をかける本当の理由は、「モチベーションを上げるため」ではありません。 「脳内のイメージ」と「モニター上のアウトプット」の間に存在する、物理的な摩擦(フリクション)を極限までゼロにするためです。
腰が痛い。色が信用できない。ショートカットを押すのが面倒くさい。 そんな「言い訳」ができる環境のままでは、いつまで経っても自分の本当の実力(あるいは実力不足)と向き合うことはできません。
言い訳のきかない、最高のコックピットを作り上げてください。 「弘法」になるための本当のスタートは、そこからです。

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