会議室のプロジェクターに映し出された、文字がびっしり詰まったPowerPoint。 読み上げられるだけの箇条書き。 「で、結局なにが言いたいの?」という沈黙。
正直に言います。私はかつて、そういう資料を作る側でした。 「情報は多いほうが親切だ」「余白があるとサボっているように見える」と本気で思っていたのです。
しかし、デザイナーとして、そしてプロジェクトを動かすディレクターとしての経験を積んだ今、はっきりと分かります。 伝わらないスライドは、相手の時間を奪う「罪」です。
今回お話しするテーマは「スライドライティング」。
これは単にパワポを綺麗にするテクニックではありません。ビジネスの混沌とした情報を整理し、相手の脳に負担をかけずにインストールする、「翻訳」の技術です。
もしあなたが「資料作りが苦手だ」「いつも上司に直しを食らう」と感じているなら、それはセンスの問題ではありません。 「デザイナー」と「ディレクター」、2つの帽子を使い分ける視点が足りていないだけかもしれません。
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目次
「スライドライティング」とは、デザインと編集のハーフである
なぜ、スライド作成はこんなにも難しいのでしょうか。 それは、本来別々の職種である2つのスキルが同時に求められるからです。
- ディレクター(編集者)の視点:
- 誰に、何を伝え、どう行動してほしいか?(ロジックの構築)
- 情報の優先順位はどうするか?(構成力)
- デザイナー(表現者)の視点:
- パッと見て内容が入ってくるか?(視認性)
- 感情を動かす演出ができているか?(情緒)
多くのビジネスパーソンは「1」だけで突っ走り、文字だらけの迷路を作ります。
一方で、駆け出しのデザイナーは「2」にこだわり、中身のない綺麗なポスターを作ってしまいます。
「スライドライティング」とは、この両者の間にある深い溝に橋を架ける作業です。 ロジックを視覚化し、視覚からロジックを補強する。この行ったり来たりを繰り返す、非常に高密度な知的生産活動なのです。

第1章:ディレクターの帽子を被れ(思考編)
PowerPointやGoogleスライドを開く前に、勝負は8割決まっています。 プロのスライドライターは、いきなりPCに向かいません。まずはノートとペンを持ち、「情報の断捨離」を行います。
「1スライド・1メッセージ」の鉄則
スライドにおける最大の敵は「ノイズ」です。 あれもこれもと言いたいことは山ほどあるでしょう。しかし、人間の脳が一度に処理できる情報は驚くほど少ない。
「この1枚で、言いたいことは『一言』で言うと何か?」
これを徹底的に突き詰めます。 もし「現状の課題と、解決策と、予算について」話したいなら、それは1枚のスライドに入れるべきではありません。3枚に分けるべきです。 勇気を持って情報を削ぎ落とす。「書く」こと以上に「捨てる」こと。 それがディレクターとしての最初の仕事です。
ストーリーという「滑り台」を作る
スライドは一枚画(イチマイエ)ではありません。映画のような「連続した体験」です。
- 現状(Before): 今、こんなに困っていますよね?
- 課題(Problem): 原因は実はここにあります。
- 解決(Solution): これを使えば解決します。
- 未来(After): すると、こんな素晴らしい未来が待っています。
この流れがガタガタだと、どんなにデザインが美しくても「綺麗なガラクタ」です。 相手の感情が、最初から最後までスルスルと抵抗なく滑り落ちていくような「構成の滑り台」を設計する。これができて初めて、デザインのフェーズに移れるのです。

第2章:デザイナーの帽子を被れ(視覚編)
構成が固まったら、いよいよデザインの出番です。 ここで目指すのは「芸術的な美しさ」ではありません。「認知的負荷(Cognitive Load)の最小化」です。
3秒で理解させる「視線のコントロール」
ユーザーがスライドを見た瞬間、考えるコスト(脳のエネルギー)を使わせてはいけません。
- Z型の法則: 人の目は左上から右下へ流れます。一番言いたい結論はどこに置くべきか?
- コントラスト: 読んでほしいところは「太く・大きく・濃く」。それ以外は徹底的に「細く・小さく・薄く(グレーに)」。
プロのスライドを見ると、真っ黒(#000000)の文字は意外と少ないことに気づくはずです。 補足情報をグレーアウトすることで、主役のメッセージだけを浮き上がらせる。これは、ユーザーの視線を「ここを見てください」と手取り足取りガイドする、おもてなしの心なのです。
図解は「構造」のレントゲン写真
「文字を図にするのが苦手」という声をよく聞きます。 それは、絵を描こうとしているからです。図解とは絵ではなく、「情報の構造(関係性)」を示す記号です。
- 対立しているなら「VS」や「左右配置」
- 手順なら「矢印(→)」と「ステップ」
- 包含関係なら「大きな円の中に小さな円」
文章の「てにをは」を、図形に置き換えるだけ。 そう考えると、スライドライティングにおけるデザインとは、論理構造のレントゲン写真を撮るような作業だと言えます。

第3章:なぜ私たちはスライドを作るのか?
ここまでテクニックの話をしてきましたが、最後に少し「マインド」の話をさせてください。
なぜ、私たちは睡眠時間を削ってまで、ピクセル単位で図形を調整し、フォントを選び、言葉を研ぎ澄ませるのでしょうか? ただの報告資料なら、Wordのメモ書きで十分なはずです。
それは、スライドが「人を動かすための手紙」だからです。
ビジネスの現場では、たった1回のプレゼンで、プロジェクトの存続が決まったり、数億円の予算が動いたりします。 その重要な局面で、相手に「わかりにくい」「読む気がしない」と思われたら、その素晴らしいアイデアは永遠に葬り去られてしまうかもしれない。
「あなたのアイデアには、価値がある」 それを正しく届けるために、私たちはスライドという「ドレス」を着せるのです。
スライドライティングは、事務作業ではありません。 相手への敬意(リスペクト)を表し、自分の情熱を論理というカプセルに包んで届ける。 泥臭く、人間臭く、そして極めてクリエイティブな「コミュニケーション・デザイン」そのものです。

【まとめ】プレゼンターよ、二重人格であれ
スライドライティングの世界へようこそ。 このスキルを身につけると、あなたはビジネスの現場で「翻訳者」として重宝されるようになります。
- ディレクターとして、冷徹にロジックを組み上げる左脳。
- デザイナーとして、直感的に心を掴む右脳。
この2つを行き来するのは、正直言って疲れます。脳が汗をかく作業です。 ですが、苦労して作り上げたスライドが表示され、聴衆の目が輝き、大きく頷いてくれた瞬間の快感は、何物にも代えがたいものがあります。
もし今、手元のスライドが「文字の壁」になっているなら。 一度PCを閉じて、深呼吸してみてください。 そして、「これを読む人は、どんな気持ちでこのスライドを見るだろう?」と、想像することから始めてみませんか。
それが、最強のスライドライターへの第一歩です。

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